骨董趣味 #7

 安南、つまり現在のベトナムで焼かれた陶器を安南焼という。桃山、江戸時代に日本の茶人たちが大いに珍重したことから古くから日本人に親しまれている。

 ベトナムは東南アジアで最も陶芸の盛んな国で、早くから陶磁のの先進国である中国の影響を受けながら多様な作風をみせている。

 ここで本格的に陶磁が焼かれるのは十二世紀、日本の歴史でいえば平安時代の後期頃からである。ハノイの南方130キロぐらいの南シナ海に面したタンホアが主産地であった。

 十三世紀に入ると、それ名で一部の王族や貴族階級の専用品だった陶磁が一般庶民の日用品や貿易品として量産されはじめ、ベトナム全域で生産されるようになる。鉄絵の陶器ができるのはこのころである。

 続いて十五世紀になると新しく染付や赤絵、三彩などが生産されるようになり安南陶芸は最盛期に入る。

 貿易品として盛んに海外に輸出するのはこの頃で、その目玉商品ともいうべきものが染付けあった。もちろん、この染付の技法は中国から導入されたものである。

 日本の茶人が最も珍重したのは「絞り手」という模様がにじんだような染付であった。模様はいろいろあるが中でもトンボの模様のついたものである。

 トンボの模様が釉下で流れ、にじんでいるいわゆる「安南絞り手」は江戸茶人の間で最も珍重された。これは石灰分が多いためにじむらしい。

 いずれにしても当時は染付のトンボ文染付絞り手は最高のものとされ茶人は目の色を変えた。茶碗が多く、日本ではもちろん抹茶碗として愛用したが、もともとは蓋付きの茶碗であって、食事用である。この蓋をはずして日本では抹茶碗として珍重した。

(日本の民芸 通観333号より引用)



目次に戻る