陣場台熱球録 web版 その33

伝説の二試合

 昭和57年夏の大会初戦の相手は盛岡一高と決まった。この対戦が決まると、両校共に県内最多の10回目の甲子園を目指して、戦い前の情報合戦が行われた。生徒や学校関係者は「盛岡よりも先に10回目の甲子園を」とか「盛岡一高だけには負けるな」などと気勢を上げた。

 マスコミも注目のカードとして、連日「注目の一戦」・「伝統の一戦」と報じた。

 しかし、この時のチームは満身創痍であった。大会直前にはエースの立花投手が故障というアクシデントに見舞われ、1年生の柳畑投手をマウンドに送らねばならなかった。当然、盛岡一高の優位が伝えられた。

 試合は、岩手県民注目の中で始まった。序盤は1年生の柳畑投手が好投し、5回までゼロ行進となった。盛岡一高の川村投手も好投を続ける。先攻したのは6回裏の福岡で1点を先取する。対する盛岡一高は、8回表に四球を足がかりに3安打を放ち1−3と逆転する。勝利を確信した盛岡応援席は、勝利の歌「盛高よいとこ・・・」を歌い始めた。

 しかし、この年のチームは2年前の一関工業戦の奇跡的逆転に匹敵する粘りをみせる。球場を揺るがす「コンバットマーチ」に乗せて9回裏に同点に追いつく。延長に入り3年生エースの立花投手を投入した。エースの投入で勢いづいた打線は、延長11回に和山選手のレフト前ヒットで劇的なサヨナラ勝ちを収めた。

 試合終了後、どこからともなく凱歌の大合唱となった。本来凱歌は優勝の時にしか歌わないものである。しかしこの時は例外であった。50年以上の時空を越え、大正期のオールドボーイ達も在校生と共に凱歌を熱唱した。甲子園出場に優るとも劣らない試合であった。

 続く二回戦は7−6の接戦で釜石工業を降した。

 続く三回戦も歴史に残る試合であった。対戦相手は花巻北高。試合開始は午後4時頃からだった。試合は速いテンポで進み乱打戦となった。6回を終わる頃には、「日没コールドになるかもしれない」事が両校に告げられた。7回表を終わった時点で6−11と花巻北高がリードしていた。7回裏の福岡の攻撃は薄暮の中で始まった。花巻北高の投手はコントロールが定まらず四球を連発した。外野に飛球が飛べばボールが見えずにヒットとなり、強い打球が飛べばヒットとなる状態であった。試合は7回裏の終了を待たずに13−11と福岡リードで日没コールドを宣言した。

 勝利に沸く福岡関係者。対する花巻関係者は、審判の裁定に納得できずに騒然とした騒ぎが深夜まで続いた。この試合は全国紙でも大きく取り上げられた。両校にとって後味の悪い試合となった。ミラクルと言われたこの年のチームも、続く準々決勝で住田高校に2−5で破れた。

 (土壇場で追いつく福高


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