陣場台熱球録 web版 その43

八戸中学への遠征

昭和16年には戦況の悪化により、全国中等学校野球大会が中断された。奥羽大会の優勝候補と目されてながらの中断であった。

その頃の野球部の最大の目標は、明治期から続いている八戸中学との交流戦であった。昭和15年に和歌山の海南中学から転任した寺田先生は、私費を投じて八戸遠征を挙行した。

当時の詳しい記録は残っていないが、八戸中学の他に青森中学や黒沢尻中学とも対戦した。


(八戸中学との対抗戦向かう選手を壮行する)


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