陣場台熱球録 web版 その47

昭和55年の熱狂

昭和55年夏、母校野球部は9回目の甲子園出場を決めた。
その日の夜に、北福岡駅前では凱旋報告会が挙行された。
 
出迎えた人出は推定5000人以上。
まだ、バイパスも無い時代。
駅前にはバスなどが入ることができず、川原橋付近が臨時の発着所に。
 
駅前から金田一温泉までのパレードは、国道4号線が通行不能になり数時間交通規制がかかった。
生徒は、100メートルごとにストームを組み凱歌を!。
今では考えられない時代背景!!。
 
凱旋する野球部を迎えるに当たり、当時の名だたるOB諸氏を差し置いて、最初に祝辞を述べたことが思い出される。

実は進行表を無視して勢いだけで・・・・・。

もちろん、予定には無かったことなので、怒られるかと思った。
でも、そのハプニングにも、森永乳業会長、県議会議長、二戸市長、学校長、同窓会長もニコニコして対応した。
 
「君たちは、それぐらいの元気さがないとだめだ。」
 
自信と自惚れは紙一重だが、跳ねっ返りのそんな行動を後押ししてくれた先輩方は本当に格好良かった。
 
昭和は遠くになりにけり!!
 


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