陣場台熱球録 web版 その50

奥羽連合

 大正4年に中等学校野球選手権大会が始まると、東北の出身者は「奥羽連合」という組織を作り、東北代表校を応援した。

 まだ東北から1校の代表しか送れなかった時代である。
 秋田中学や盛岡中学の活躍で大いに盛り上がったと当時の記録に残っている。

 福中出身で、後に福中で教鞭を執り同窓会長を務めた奥昌一郎も奥羽連合に加わり、大正9年の鳴尾球場で行われた大会を見学した。

 奥は地元に帰省したときに、小向八郎や国分喜一らに、福中も甲子園を目指すべきだと助言したところ、仙台高工の野球部で活躍していや小向八郎が中心となり、福中の甲子園大会出場を決めたとのことである。


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