陣場台熱球録 web版 その56

証言 馬場のぼる

 昭和55年(1980)8月、一人の卒業生が母校にやって来た。
 本校を昭和20年3月に卒業した馬場のぼる氏であった。目的は、野球部と応援団の激励のためであった。

その際に、自身の思いで在学中のことを話してくださった。

「まず福中に入学してビックリしたのは、5年生の応援団幹事がやってきて1年生は校庭に集 合しろと言われた。唱歌(応援歌のこと)の練習でもさせられるのかと思い、校庭に行ってみる とツマゴが並んでいる。そのツマゴを履かされ隊列を組まされ、5年生の後ろについて校庭を  走れと言われた。1時間ほど走ると、雪で荒れていた校庭が固まり見事なグランドができあが った」

「よし、お前達のおかげで野球の練習ができる」と応援団幹事。

「なるほど上手いことを考えるものだと感心した。その作業が終わった後に焼き芋を差し入れ てもらった。あれは美味かった。」

当時の馬場のぼる氏は、日本漫画家協会会長の要職にあり、度々マスコミなどにも登場していた。絵本作家としても充実していた時期であり、その代表作に「11匹のねこ」がある。

この時に、応援団幹事を中心に行われていた80キロ行軍の話題になり、「暑中行軍」と名付けてくださった。

「君たちの行軍は、僕等の間でも知られているよ。ドカベンの弁慶高校は馬場さんの母校だそうですねとよく言われるんだ」

この当時、高校球児が熱中した人気野球漫画「ドカベン」で主人公の名訓高校を破った唯一の学校が岩手県代表の弁慶高校という設定だった。

昭和60年(1985)に10回目の甲子園出場を果たした際にも、スポーツ紙の「母校を応援する」コーナーにコメントを出した。そのコメントの終わりには取材した記者の後書きが添えられていた。

「馬場さんは、突然立ち上がり‘赤き血潮のしたたりて・・・’歌い始めた。歌い終わった後に何を歌ったのかと聞いたら、母校の野球部を送り出すときに歌うものだという。卒業して40年以上経て歌えるのも驚きだった。福岡高校野球部にはこのような熱血先輩のためにも甲子園で活躍してくれることを期待する」


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