陣場台熱球録 web版 その57

快挙! 3年連続出場の全国大会出場

 昭和4年(1929)の新チームは昆徳治監督が退任し、昭和3年の主力として活躍した小坂力が監督として指揮を執った。村田栄三、鈴木銀之助、戸来誠などの中心選手が抜け戦力の低下が懸念された。特にエースの戸来誠は四年修了で、明治大学から請われて進学した。

 春には前年同様に選抜大会の出場を打診されたが辞退した。

この年は出場校が激増したため岩手県予選が始まった。 県予選の決勝戦で盛岡中学に破れたが、盛岡中学と共に岩手代表として東北大会に出場した。

1回戦 13−1遠野中学

準決勝  5−1一関中学

決勝   4−8盛岡中学


 東北大会は、7月25日から開催された。磐城中学、宮城師範、福島中学、宮城水産、仙台二中を破り3年連続甲子園出場という歴史的記録を樹立したのである。

1回戦 14−4磐城中学

2回戦  9−1宮城師範

3回戦  7−1福島中学

準決勝 15−4宮城水産

決勝   6−5仙台二中

 全国大会は8月13日から22地区の代表校を集めて行われた。

福岡中学は一回戦で北九州代表の佐賀中学と対戦し5−12で敗れた。試合経過は、6イニングまで5−5の接戦あったが、7回裏佐賀中学は1点を入れて勝ち越し、8回裏には一挙6点を入れて大勢を決した。

 


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