スガワラセイゾウ?

以前のカシオペア紀行で「ヨーロッパ美術を指導した男 菅原清三」を書きました。
その後も調査を継続しています。資料も少しずつですが集まってきています。
まずは平成20年に、フランスのバイクカタログコレクターから、あるポスターが添付ファイルとして送られてきました。
EILEEN GRAYの作品展ポスター?です。
そこでも、SugawaraはJahojiの漆職人として紹介されています。
Jahojiは浄法寺であることは間違いないものと思われます。

ある時、ポスターを送ってくれたフランスのコレクター氏から質問がありました。
「日本で最初にオートバイを作ったNarazo Shimazuは、日本語でどのように書くのだ」
「欧米では名前の書き方は一つだが、日本では同じ発音でも個人によって違うらしいと認識している」
というものでした。
要するに表音文字(欧米諸国)文化圏と、表意文字(日本、中国など)文化圏のことです。



この質問を受けた後に、根本的な調査方法を間違えていたことに気づいたのです。
つまり、欧米でSeizo Sugawaraと表されている人物は、菅原清三と表される人物ではないかもしれないということです。
例えば、「菅原正蔵」「菅原清蔵」などです。
何度も「すがわらせいぞう」という仮名を漢字に変換し、インターネットで検索していた時のことです。
「菅原精造」で検索をかけたところ下記のサイトにたどり着きました

http://ci.nii.ac.jp/naid/110004813479

川上比奈子氏(夙川学院短期大学)による「菅原精造の履歴に関する調査・資料」です。
長年の疑問を解決してくれる報告でした。

・明治17年1月29日(1884年)、山形県飽海郡(現在酒田市)で生まれた。
・本名は平岡精造で、事情はわからないが菅原家の養子に入る。
・生家は船舶に関する仕事を営む。
・菅原家は瀬戸物商を営むが、養子に入ったころ義父は仏壇商に勤める。
・東京美術学校漆芸科に進む。(卒業生名簿に名前は見当たらない)
・明治38年(1905)、辻村延太郎に随行してフランスに渡航するする。
・明治40年(1907年)ごろ、アイリーン・グレイと出会い、漆芸を指導する。
・大正2年(1912年)、ジャン・ディナンに漆芸を指導する。
・漆芸助手を務めるフランス人女性と結婚
・晩年は自営業不振のために、ロスチャイルド家の使用品製作に従事する。
・昭和12年(1937年)4月12日没。


報告を読んで長年の疑問が解決すると同時に新たな疑問が浮かんできました。
なぜ「浄法寺」出身と言われたのか?。酒田と浄法寺を結びつける何かがあったのか?。
仮説としては、平岡家の家業である船舶関連に注目したいです。
アバ(漆の木を使った漁具)」+仏壇(漆)がなんとなく引っかかりますね。
引き続き調査を継続したいと思います。


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