勝小吉 (平成29年12月24日)

 古書店で「勝小吉事件帖」を入手しました。特に珍しいというわけではありませんが、江戸人として魅了的な人物です。

 昔何かで、勝小吉は下斗米将真を尊敬していて、長男の麟太郎に常々言っていたと読んだ記憶があります。

 「俺は字もろくに書けない馬鹿者だが、平山道場の形水先生のようになれ」

 相馬大作こと下斗米将真は、寛政10年に南部藩士として生まれ、文政4年に津軽侯を襲撃した南部騒動の首謀者として処刑されました。当時の人々に多大な影響を与え、藤田東湖、吉田松陰などもその行動を賞賛しています。西暦で言うと1789年から1821年までが活動期間です。

 勝小吉は、享和2年に江戸生まれです。旗本・男谷平蔵の三男で、剣豪として知られた男谷精一郎は従兄弟にあたります。

 ・下斗米将真   1789-1821
 ・男谷精一郎   1798-1864
 ・勝 小吉     1802-1850

 平山行蔵の道場で、下斗米将真は四天王として知られていました。男谷精一郎が平山道場で学んだことは、多くの記録に残っており、間違いなく将真とも交流があったことは間違いないと思われます。

 小吉は、文字があまり書けなかったために平山道場への入門が許されなかったようです。文武両道が平山道場の目標でした。

 当時の将真は、平山の名代として江戸の浜松町に道場を開いていたらしく、小吉もその道場で剣術の稽古に励んだようです。

 このあたりを調べて、作家志望のどなたかに、ぜひ池波正太郎風の作品に仕上げて欲しいです。




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