竹細工のむら」 (平成30年2月17日)

 県北地方の竹細工の有名なのは、一戸町の鳥越である。ここには次のような伝説がある。それによると、このむらの鳥越観音を開いた慈覚大師が、大同二年に諸国行脚の途中に、鳥越山に住む大白蛇退治して、里人の難儀を救ったとき、その白蛇の輝く鱗から思いついて、竹の編み方を工夫し、それを里人に伝授したといわれている。

 この鳥越のほかに近在には、尻子内、夏間木、似鳥、下斗米などの村むらも竹細工をやっている。この地方一帯にこのような竹細工の村が多いことは、この地方特有のスズタケが山に自生しているからである。藩政時代にも南部特産の竹細工として、この地方の竹細工が知られていた。明治になってから、改良を加えて販路も関東から北海道に及ぶようになり、昭和になってからは、豊富な高地の根曲竹を利用して、小物ばかりでなく家具まで製作するようになり、その販路も年と共に増加し、国内はもちろんのこと、現在では国外からの注文もあって、その求めに応じかねている、という状況にある。

 スズタケは、むらの周辺の山から刈り取ることができる。夏竹は中土用から二十日間くらい刈り取る。また、編み竹は秋竹とも言っているが、これは十月から四月までの間に刈り取る。縁にする唐竹はよそから移入しなければならない。スズタケは六百本を一把とするが、一日に二把ぐらい刈り取ることができる。

 夏間木に電灯が入ったのは昭和二十年ごろのことで、そのころは、小割にした松の根を焚いて明かりとして、一軒の家で六人も七人も竹細工をやったというところもあった。家々では、夕飯が済むと煙草を吸う暇を惜しんで仕事をした。子供も小学校の三年生くらいになると竹細工を始めたものだった。つくる物は、行李かごとかざるの類、腰に縛りつけたり背負ったりする「かっこべ」などいずれも、家庭内とか農作業など、どこの農家でも毎日使う物ばかりだった。

 九戸の瀬月内川のほとりに生えているニガタケを利用して、ざるをつくっているむらがある。冬期間には八升くらい入る小ざる、二斗くらい入る中ざる、三斗くらい入る大ざると、千石つくり、夏には稗通しをつくっている。竹を取るのは十一月ごろで、一昼夜水に浸し、小刀で肉をとって使うのだが、今は機械で取るようになった。

 以上のような竹細工は、軽米とか福岡の市日に背負って行くと、仲買人がいて買い取ってくれた。竹細工は耕地の少ない山村のしごとであった。




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