「浄法寺氏と天台寺」 (平成30年3月9日)

岩手県二戸市浄法寺町の天台寺。
「天台寺のある浄法寺町の生まれです」と言うと混乱する人がいました。

中世に二戸郡に勢力のあった鎌倉武士の浄法寺氏にちなんで浄法寺町と呼ばれていましたが、調べてみると、浄法寺という寺院は鎌倉時代に鎌倉にあったお寺のようです。

中世には二戸市浄法寺町には浄法寺城がありました。
城主は鎌倉幕府系の浄法寺氏です。
浄法寺氏の祖先は鎌倉市で奉られている畠山重忠です。
畠山重忠は北条時政の娘と結婚しました。
北条政子の妹です。

畠山重忠は北条家のお家騒動に巻き込まれ誅殺されます。
その際に二男(三男説あり)が陸奥国二戸郡に逃れ浄法寺に住み着きました。

伝説によると天台寺は浄法寺と呼ばれていた時代があったようです。
天台寺という名前が確実に確認できるのは正平18年です。
西暦だと1363年です。
浄法寺氏が天台宗なので天台寺となりました。
伝説を信じれば畠山氏は天台寺の庇護者だったのですね。

現在、浄法寺町には浄法寺氏は一人も住んでいません。
浄法寺氏は、盛岡藩が成立して間もなく、分家の松岡氏に預けられたようです。
松岡家は現在に続いています。

青森県三沢市などは浄法寺姓の方が住んでおります。
盛岡藩が成立した頃に、古間木の土地を与えられて移り住んだとう伝説もあります。
盛岡南部藩の五家老に数えられていた浄法寺氏。
その改易の詳細が残されていないのです。
不思議です。

鎌倉浄法寺の宗派はなんだったのか興味が湧きます。
もしも天台宗だとしたえら、天台寺の歴史に新しい説が出てきますね。
宗派を寺の名前にしているのは天台寺だけのように思います。



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