勝とうと思ったら普通
     宣戦布告はしないと思うが!

昭和16年128日、日本海軍による真珠湾攻撃の1時間20分前に、米国の同盟国イギリスがマレー半島にて日本陸軍の奇襲攻撃を受け交戦状態となった。

当然、この攻撃は即座にアメリカ本国に報告され、アメリカ全軍に戦時体制が下達されたが太平洋の要衝ハワイだけは何故か連絡された形跡が無い。



真珠湾攻撃に先立つ1125日、第一航空艦隊が真珠湾攻撃に向けて出発するのと同時に、ワシントンから米国および同盟国のすべての艦船に対して「北 太平洋の航行を禁じる」という指示が出された。

キンメル提督は独断で「演習」と称し日本海軍の動きを察知するためにハワイ北方に偵察用の艦船を配置
していたが、ホワイトハウスはこれを中止させていまる。

日本海軍による真珠湾攻撃のずっと以前の昭和10年頃から、国際法の『中立条約』に違反し、中国軍に2つの援蒋ルート(南部仏印とビルマ経由)を使って、イギリスと共に戦闘機・戦闘車両・重火器を含む軍事物資を大量に送り込んだばかりでなく、空軍兵士(フライング・タイガース)までをも送り込み、日本軍機と戦闘を行うなどなど、日本軍とはすでに交戦状態だった。

実は宣戦布告を書面にして相手国に手交し、その後に戦端を開くなど、どこの国もやったことの無いのではないか。

「今から開戦します」とか「さあお互い頑張りましょう」という戦争は、現実には起こりない。

終戦間際にソ連が日ソ中立条約を破り満州への侵略を始めた時も、 事前に宣戦布告など無かったし、勝とうと思えば当然の行為だ。

ルーズベルト大統領は、日本海軍による真珠湾攻撃前日、家族と朝食を取りながら言った。

「明日、戦争がおこる」(『操られたルーズベルト』ルーズベルトの長女の夫であるカーチス・B・ドール著より)

「政治の世界では、何事も偶然に起こるということはない。もし何かが起こったならば、それは前もって、そうなるように謀られていたのだ」フランク リン・D・ルーズベルト

「ルーズベルトなどの指導者たちは、パールハーバーにおける米軍を故意に裏切った」日本海軍による真珠湾攻撃が行われた当時、アメリカ太平洋艦隊 司令長官兼合衆国艦隊司令長官であったハズバンド・キンメル大将の証言(ニューズウィーク昭和41年12月12日号)

しかし、日本海軍は何故ハワイを占領しなかったのであろうか。占領する力はあったし、その後の戦局も違ったはずだ。



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真珠湾の真実 ― ルーズベルト欺瞞の日々  韓中衰栄と武士道