チベット国旗

現在は中国共産党政府が不法に占拠しているチベット、古くからシナとは別の国であった。シナの本来の領域は、万里の長城に囲まれた地域である。万里の長城は、シナの領域が万里の長城の内側だったことの証明である。

シナの共産党政府に不法占拠されているチベットではあるが、美しい国旗を制定している。その国旗は、亡命チベット人のつくったものではない。7世紀にチベット国王のソンツェン・ガンポが国を統治していた間、チベットは、中央アジアでもっとも強大な帝国であった。その頃のチベットは、286万人の軍隊を所有して独立した国だったのである。

雪山と2頭のスノー・ライオンが描かれたチベットの旗は、共産主義中国がチベットに侵攻するはるか昔から存在していた。

チベット国旗の起源は、6世紀、ソンツェン・ガンポ王の時代にさかのぼる。王の軍隊の各部隊は、それぞれ異なる旗を使用していた。ヤル・トゥ連隊の軍旗は、向かいあった一対のスノー・ライオンで飾られていた。 ヤル・マ連隊の軍旗は一頭のスノー・ライオン、Tsang-Ru Lag連隊では直立した一頭のスノー・ライオンが空へ向かって跳躍していた。

スノー・ライオンの旗をチベット軍の軍旗に用いるこの伝統はその後も継承されたが、1912年、第13世ダライ・ラマ法王の時代になると、新しくデザインされた軍旗を軍に関連するすべての組織で使用するよう宣言された。

現在のチベットの国旗は、このときのデザインが基となっている。現在では、不法に占拠されているチベット国内でも1959年までは掲揚されていた。中国共産党がチベットに侵略を開始した後は、インドのチベット亡命政権のダラムサラをはじめ、自由な国では現在も使用している。

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